東南アジアでは、デジタル決済の革命が進行中です。スマートフォンの普及が急速に進み、政府主導のデジタルIDシステムにより、安全でシームレスな取引が可能となったことで、この地域はモバイルウォレットの世界的な成長拠点となっています。
2024年、東南アジアにおけるモバイル決済市場の規模は2,150億米ドルに達し、2019年から年平均成長率(CAGR)25%で拡大した。
出所:ユーロモニターインターナショナル
東南アジアで主流となったデジタルウォレット
デジタルウォレットは、東南アジアで特に人気の高い決済手段のひとつであり、とりわけインドネシアのような新興市場でその傾向が顕著です。2025年には、インドネシアの消費者の10人中8人が、銀行振込やクレジット/デビットカードよりもデジタルウォレットを好む決済手段として選んでいます。
利便性やセキュリティの向上といった利点に加え、デジタルウォレットが支持される背景には、銀行口座を持たない、または十分な金融サービスを受けられていない消費者や加盟店が主要市場に多く存在することが挙げられます。たとえば、2024年時点で、インドネシアにおける15歳以上の人口のうち49%が銀行口座を保有しておらず、35%が「アンダーサーブド層」(※金融サービスへのアクセスが限定されている層)に分類されます。
GrabやGoToのようなスーパーアプリは、膨大なユーザー基盤を活かしてデジタルウォレット機能を統合し、キャッシュレス化を加速させています。こうした状況は巨大な成長機会を提供する一方で、中国のデジタルウォレットにとっては複雑な課題ともなっています。
中国の観光客向け戦略:拡大の限界
AliPayやWeChat Payなどの中国系デジタルウォレットは、2015年に東南アジア市場に進出し、主に中国人観光客を対象としたサービス展開を進めてきました。現在では、空港、ショッピングモール、コンビニエンスストア、観光地といった場所で広く利用されており、高い認知度を確立しています。
一方で、現地一般消費者への普及は伸び悩んでいます。その背景には、地場プレーヤーとの激しい競争や、観光地以外における加盟店開拓の難しさが挙げられます。中国が2023年に国境を再開したことを受け、Ant InternationalやTencentは、海外のカードブランドと提携し、訪中旅行者が中国国内で自身のカードをデジタルウォレットに連携して利用できる仕組みを整えました。
とはいえ、これらの中国系ウォレットは依然として「越境旅行者向けの決済ツール」という位置付けにとどまり、現地住民にとっての「日常的な決済手段」としては定着していないのが実情です。
Ant Internationalのグローカル戦略:投資を通じたパートナーシップで主導権を確立
Ant Internationalは、従来のルールにとらわれない新たな戦略を採用しました。B2C市場における直接競争の難しさを認識し、現地ウォレットへの出資を通じて、埋め込み型金融サービスを提供する地域エコシステムの構築へと舵を切ったのです。
実際に、フィリピンでシェア1位のGCashや、マレーシアで最も利用されているTouch 'n Goなど、主要なローカルウォレットに出資することで、Antは東南アジアのトップフィンテックプラットフォームに「裏方」として参画し、地域全体への影響力を高めています。
2021年にローンチされた「AliPay+」により、AliPayのネットワークはパートナー間で共有可能な仕組みに進化しました。これにより、従来は競合関係にあったウォレット同士が協力関係を築き、QRコード決済の相互運用が可能になりました。
この仕組みにより、東南アジアの旅行者は、日本を含む人気の渡航先でも、自国のデジタルウォレットを使って支払いができるようになっています。こうした利便性の向上は、域内ウォレット事業者が海外加盟店を開拓する際の障壁を大きく下げる効果をもたらしています。
またAnt Internationalは、支払い機能にとどまらない埋め込み型金融サービスの提供も進めています。AliPay+ Rewards、中小企業向けデジタル融資を行うANEXT Bank、加盟店向けソリューションを提供する2C2Pなど、多様なサービスを展開しています。
たとえば、Touch 'n Goのユーザーは、Ant Internationalが獲得した海外加盟店でリワードを利用できるようになっており、これによりユーザーのロイヤルティ向上と越境利用の促進が図られています。
このような多角的な取り組みにより、Ant Internationalは単なる決済サービスプロバイダーにとどまらず、東南アジアにおけるフィンテック・エコシステムの中核的存在としての地位を確立しつつあります。
中央銀行の取り組みと地場競合:二重の挑戦
東南アジア各国の中央銀行は、域内外での決済の相互運用性向上を目指し、越境取引の促進に取り組んでいます。たとえば、2025年7月にはカンボジアと日本の間でQRコード決済の連携が発表され、8月にはインドネシアと中国の間でも同様の取り組みが始まります。
こうした動きにより、AliPay+の独自性は相対的に低下しつつありますが、Antはこれに対抗し、加盟店の拡充を進めることで、中央銀行による金融包摂の推進を後押ししています。
一方、地場のプレーヤーも着実に勢力を拡大しています。AirPayから名称変更されたShopeePayは、ShopeeのECプラットフォームを活用し、オンライン中心からオフライン領域への展開を進めています。マクドナルドやジョリビーとの提携、さらには積極的なキャッシュバック施策により、GCashのようなAnt出資のウォレットに対抗しています。
グローバルなカードブランドも競争に参入しています。たとえばMastercardの「Pay Local」は、DanaやTouch 'n Goといったウォレットとカードを連携させることで、カード端末を持たない中小・零細事業者(MSME)でもカード決済を可能にしています。これにより、地場プレーヤーは中国の大手テック企業に対抗するための後押しを受けています。
地場プレーヤーも存在感を強めています。AirPayから名称変更したShopeePayは、ShopeeのEC基盤を活かして、オンラインからオフラインへの展開を進めています。マクドナルドやジョリビーとの提携に加え、大胆なキャッシュバック施策によって、GCashのようなAnt出資のウォレットに対抗しています。
国際カードブランドも競争に参入しています。たとえばMastercardの「Pay Local」は、DanaやTouch ‘n Goなどのウォレットとカードを連携させることで、中小企業や零細商店(MSME)でもカード端末なしでの支払いを可能にしています。これにより、地場プレーヤーは中国の大手テック企業に対抗するための支援を受ける形となっています。
今後の展望:日常生活への“浸透”がカギ
東南アジアにおけるデジタルウォレットの将来は、いかに日常生活へ深く浸透できるかにかかっています。飲食、小売、旅行、医療、モビリティといった領域において、決済機能を日々の生活に自然に組み込めるプレーヤーが、次の成長フェーズをリードすることになるでしょう。
Ant Internationalの今後の成否は、フィンテック分野で進行する競争の中で、いかにパートナー企業の取り組みを支援できるかにかかっています。
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